名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
所属:07年10月19日付で、全日本プロレスに正式入団。
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー。
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

全日本プロレスリング所属の正統派プロレスラー。
彼の名言には3ゴング!!
 
 
 
 
 
私の編成論であります。
2010.09.02


 

93年にアメリカにわたりそして96年からジョートーレ率いるヤンキースが怒号の連覇。
90年代における黄金期を迎えることになる。ロジャークレメンツ、アンディぺティイト、
キャッチャーはジラルディにホヘポサダ。ファーストはティノマルティネス。
セカンドはアルフォンソ・ソリアーノ。ショートはジョーター。サードはスコット・
ブローシャス。センターバーニー・ウイリアムス。レフト、シェーン・スペンサー。
ライト、ポール・オニール。そして時代とともに、時の流れとともに選手が引退、
もしくはほかのチームへと移っていく。



ボストンとヤンキースは、日本でいうところの巨人阪神戦。昔からの因縁もあるし
歴史的な戦いに人々はそこに思いを入れ込む。ティノがのちにタンパベイデビル
レイズにいたころのように歴史がないチーム、選手にはどうしても思い込みが
それだけ入りにくくなるのは当然のことになる。



そんな中でボストンの選手も少しずつガルシアパーラーから始まり徐々に
90年代2000年代の歴史的に貢献した選手が出て行ってしまう。しまうという言い方は
ヤンキースファンの私からしたらボストンをかばいすぎかもしれない。



しかしヤンキースファンだからこそ、一番憎い敵には一番憎い敵でいつまでもあって
ほしいのは本心である。ある日、タンパのレジェンドフィールドでスプリングキャンプの
ヤンキース対ボストンのオープン戦を見るために当日券売り場に一人で並んで
いたら、Bのキャップをかぶった老夫婦が一人で長蛇の列に並んでいる私を見つけ
一枚でよかったら私たちの余りを分けてもいいわという。その代わり御免なさい、
私たちはここのファンだけどと言ってキャップのBのマークを指差した。



前売りの時点で売れきれだったので十分当日券も完売が考えられる。
Bのキャップをかぶる若いうるさい小僧なら2時間半隣でやじられるのも迷惑だが
この非常にきている恰好からしてボストンから避寒地としてタンパにお住まいのかなり
上級階級的な老夫婦だったので快く私も快諾した。



チケットの少なくとも額面をお支払いさせていただこうとしたら受け取らないどころか、
ビールからホットドックまで買ってくれようとする。日本のことをすごく興味深く聞いてくる。
自然とフレンドリーになり2回の表にはもうすでに、私の心は彼らのキャップの文字が
NYだとしてもBだとしてもそれはもうどうでもよいことくらいに経過していた。



ボストンの話になったとき、ガルシアパーラーのメッツへの移籍に非常に残念がって
いた。チームを捨ててお金で心を動かしたとがっかりされていた。
私はボストンが解体していくのがその時はうれしくも思えたのだが。
プロとしては仕方のないことなのかなと思えた。



それから数年、今度は我々ヤンキースファンからして一番不気味にも思えたあの髭面の
センターの一番打者のジョニーデーモンがヤンキースに入ってきた。
ブライアンキャッシュマンの斬新なアイデアと契約交渉を成功させた功績は確かに
おおきいが、ヤンキースファンとしては大手を振って受け入れることは
そう簡単にはいかない。



のちにマニー・ラミレスがドジャースに。あのドンジマーと騒動を起こした、
ペドロ・マルティネスがメッツに移籍。昔ながらの憎き面々は次から次にいなくなって
しまった。敵は憎らしければ憎らしいほどに倒しがいがある。私の好きな
バーニーウィリアムスがボストンに入ったとしていたとしてもだからといってすぐに
ボストンファンになるってことはあり得ない。チーム編成によるファンの思い入れ方は
十分に注意しなければならない。下手したらあまりの適当なチーム編成はファン離れを
加速しビジネスに影響を持たせてしまう。



むしろビジネスとして考えたら思い入れを入れられるような簡単な図式ほどいい。
はっと気付かされることが最近ある。プロレス界がまさにそう。時代とともに選手が
あちこちの団体を飛び交い思い入れが簡単にはいかなくなってしまった。



そう、私も飛び交った一人。16年新日本に生え抜きで在籍し、藤波さんと無我を旗揚げ
したが決裂。2007年から全日本。昔の全日本はいまのノア。未だ残っているのは
京平さん、渕さん、ケアとリングアナとリングスタッフたちのみ。
それ以外は新日本からの武藤社長と私。



みちのくそしてWCWを経てのカズ林。Uからの船木さん、鈴木さん。
日本大相撲協会からの横綱・曙と浜。ドラゴンゲートからタルに近ちゃん。
ではどうであれ、1年追わないともうチームがどう編成されているのかわからない
くらい今の時代は目まぐるしい。チームが解散し新たなエネルギーによって
新たな結束が起き、新たなチームが生まれていく。その組んだ時の、
誕生した瞬間は素晴らしく美しい。



しかしその瞬間からついて行くほうは頭の中を整理して半ば無理やりその融合性を
納得していかねばならない作業に入る。そしてそれからさらに追い続ける。
思い入れには相当の時間がかかるのである。これは誰のフォルトでもない。
時代が必要とし、時代が作ってしまった。なるようにしかならない出来事。野球界、
プロレス界ののみならず、政治もまさにそう。



昔はもっとわかりやすくチームも団結していた。少数政党があまりにも乱雑していて
みんなあちらこちらで好き勝手なことをいう。これは本当に大きな政治不信につながる
大きな原因の一つだと思う。政治不信はお金の問題、普天間基地の問題をはじめとした
国民を混乱させた最近の民主だけが悪いだけではない。



YesかNoくらいわかりやすい政治になればもっと民衆もわかりやすく政治に関心を
持ち積極的に談義も若い人も持つと私は思う。一つのリンゴがあり、上から見たもの、
下から見たもの、左から右から斜めから。みんな正論だ。これもまた政治。
みんなその見方による政策があり、正論を言っている。



外国人参政権にしたって反対6割、賛成4割。100対0というのはありえない。
だからこそ政治はしっかりと話し合いを国民に分かりやすく納得をしてもらうようにして
いかねばならない。プロレス界もそしてその団体の中でのチーム、選手、解散、
誕生があまりにもおおく政治と同じように不信感を抱けなくなってしまった人は
なかには間違いなくいる。



昔は見てました。あのころまでは見ていましたのこえなど何千回聞いたことか。
だとすればである。プロレス界もわかりやすく、YesかNoくらいわかりやすい政策をもった
思想と哲学のチームと団体が必要である。そして今までの歴史を大いにひきずる。



新日本に天龍さん、川田さんがあがったって思い入れが複雑にさせるだけ。
思い入れイコール歴史と考えてもよい。私が編成の改革担当を任せてくれるなら
すべて過去の歴史を振り返る。わかりやすく、思いいれを入れやすいふうに。
即席なチームにファンの思いいれは入れようがない。



管さんと小沢さんの直接対決。非常に分かりやすい。この直接対決後の民主党の国民を
説得させる大きさは非常に大きくなると思う。プロレスも過去振り返るといまだ一番の
大事件的な対決は、新日本対UWF。勝者は武藤社長。しかも足四の字というUWFの
発想を思い切り踏みつぶす超古典的プロレス技で仕留める。この発想だから
武藤社長は天才と呼ばれる。今こそ、歴史を振り返るべき。わかりやすくさせる
べき。思い入れを入れやすい編成をするべき。私の編成論であります。




 
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小鉄さんの死
2010.08.31


小鉄さんの死は、両国の日の朝、元新日本レフリーの田山からのメールで知ることに
なる。最初はデマ情報かと思った。しかしそれは事実であった。わたしがまだ高校二年の
4月。新日本が一般向けのレスリング学校を開校した。



レスラーを目指し夢中になって野毛の道場に通い小鉄さんの直々のコーチを受けさせて
いただいた。もちろんプロの量とは相違はあるものの基礎体力作り、ウェート、受け身、
ブリッヂ、ロープワーク、それにレスラーとしての心構え、食べ方、飲み方、生き方まで、
よく指導していただいたものだ。



入門してからの苦労は計り知れないものだが、私は今の私がいるのは小鉄さんなくして
考えられない。小鉄さんは昔からキャデラックがすきで当時は白のキャデラックエルドラド
で道場にこられていた。雨の日にたまに、高校生の分際で等々力駅まで送ってくださる
ときがあった。いまでもあのクッションのゴージャスさを忘れない。



いまでは生意気にも私の分際でもキャデラックに乗っているが、プロレスの扉を開いて
くださった人物。新日本を二千六年に退団してからも昔から渡米の度に頼まれていた
オールドスパイスのアフターシェイブローションは欠かさずタンパで買っては、
赤坂のご自宅におくらさせていただいていた。



むかしから太らなかった私には、あうたびに、電話の度に体重を聞かれた。
昨年の全日本の夏の両国の大会でお会いしたのが最後だが 三十七になったいまだに
体重を聞かれるほど、レスラーは常に食べてめいいっぱい練習して体を大きくしなきゃ
ならないと口癖のようにいわれていた。



いまは炭水化物を抜いたり、プロテインで栄養をとることが主流な時代になって
しまったが、小鉄さんはどんぶり何杯食べたかが目安。頭がいたけりゃブリッヂ、
お腹がいたけりゃ腹筋をしろ。レスラーは絶対に他のスポーツに負けてはならない。



容姿、言葉使い、気の使い様、常にプロレスラーが社会的に認められるよう指導して
いた。小鉄さん、猪木さん、坂口さんの三人には言葉使いの区別があった。
お疲れ様ですはご法度。この三人にはお疲れ様でございますといわねばならない。



私はよくメジャーとインディの差をよく区別しインディのレスラーとファンから逆に私への
批判をいただいたものだが、私から言わせれば明らかに教育が違う。歌舞伎役者と
インディの役者くらい違う。指導者が何十年も先輩が何十人もいるのと、同期レベルで
切磋琢磨する環境では明らかに違いはある。その教育と環境がプロレスへのプライドの
持たされ方がかわってくる。



あえて今の時代に言わせてもらうが、インディが業界内で大活躍したのは事実。
銀座の寿司屋と回転寿司が一緒になり、食べるほうの味覚がかわってしまった。
寿司自体の行方がかわってしまった。。



馬場さん、猪木さんがメジャー団体だけで協会をつくりライセンス制度にすれば
よかった。いま協会をつくろうが、ライセンスをつくろうがここまできたらもう
トゥーレイト状態。厳しい教育も、なくなりプロレスの業界内も日教組のゆとり
教育的になっている。時代が求め、時代が作らさせてしまった。
誰のフォルトでもない。規制緩和はやればいいわけではないことは、
プロレス界でもわかること。さてまた重鎮がいなくなった。
この先は我々がさらに覚悟を持ち受け継がねばならない。
 



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信じた道を進む
2010.08.27

 

今日は関口さんの最後の運転、

最後の日本人バスは函館のホテルがある湯の川温泉から函館空港であった。

 

 

20100827nishimura.jpg

 

 

 

昨日は試合であったが、一昨日の移動日は日本人選手全員とリング屋さん全員とお別れ会を、居酒屋さんで静かに行った。

 

 

私の右となりは船木さん。左隣は鈴木実さん。真ん前にバスの関口さんと京平さん。時は二千十年。武藤社長率いる全日本プロレス。

アントニオ猪木も坂口征二も藤波辰巳もカールゴッチもいない。服部さんも新日バスの佐藤さんもいない。全日本のとある食事会にこのシチュエーションが、つい数年前までだれが考えられたことであろうか。

 

 

政界のように再編をプロレス界も繰り返してきた。

どの団体がどの党という言い方は、あたりはまらないが、時代とともに国が、すなわちファンの支持層は確実にかわってきている。

 

 

昔は大政党しか存在しなかった。ここまでどの団体も割れ、こじんまりと小さくなってしまった。私が無我という世の中の抵抗勢力団体を作り、そして意見の相違から勝手に離党したのは事実。

 

 

党の名前もかわり事実上、私は除名されたわけだが、私がヒロマツダ、カールゴッチ、ドリーファンクジュニア、トニーセントクレアーからのリングでの政経塾で教育された政策と政治信条は何年たとうとも私はかわることもないしかえる必要もない。

 

 

上辺だけの政策、その場かぎりの改革など私にはない。外国人参政権反対、夫婦男女別姓反対問題はプロレス界に当てはまることは見当たらないが、郵政改革法案はすこしだけ無我に近いところはある。

 

 

規制緩和、格差社会に対する反意見。民営化を勧める大方の流れに対し、かつてあった動きに戻そうとする原点回帰的な発送。そしてそれに対しての支持率のとてつもない低さ。ゼロにきわめて近い支持率だろうが、ぶれず、媚びず懸命に戦う亀井代議士の姿は美さえも感じた。

 

 

プロレス界にも多くのしがらみがある。ファン、企業スポンサー、プロモーター、地方後援会の厳しい声。私の無我の思想は、時代がルールだけじゃなくこちら側がルール。世の中の世論をむしろ無我的思想哲学を勧める。

 

 

あまりにもこの乱れた時代にあわせすぎるとプロレスそのものがおかしくなってしまう。

しかし政治家もプロレスラーも、信じた道を進む姿は美しいね。





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巡業の移動
2010.08.25

 

巡業もいよいよ最後の街、函館。

 

 

巡業の移動は、ほとんどがバス移動。もうこのバスともこのシリーズでお別れ。

京平さんのはなしによるとかれこれ十五年使っているらしい。

馬場さんももちろん乗られていたバスになる。

馬場さんがお亡くなりになり新型バスへの乗り換えも決まっていた時に、三沢さん一行がノアに移り新型バス導入計画は中止になったそうだ。

 

 

私がお世話になり三年弱。

最初に乗ったのは二千四年の川田さんの三冠に挑戦するときの前のシリーズがまさに六年前の北海道ツアー。

その時ももちろんこのバス。大型バスの車中はみんな爆睡。

 

 

寝ないのは渕さんくらい。大きな昔ながらのヘッドフォンを耳に当て、いまだCDを何枚も持ち歩いて聞いているのも渕さんくらい。

みんな渕さん以外は当たり前のようにiPod。

 

 

新日時代から私は藤波さんの影響を受けて、みんながバスなのに本当によく車や電車でみんなとは違う行動をいままではとったものだ。随分輪を乱した。

 

 

たしかに鉄道のほうが早い。時間を有効に使える。バスは全世界見渡してもないくらいプロレスの団体としての団体移動手段として見事なまでにDOORtoDOORの便利なものだが、時間がかかる。

 

 

新日本時代は、一番前に陣取る偉そうな髪の長いのがいたから、同じ空気を吸いたくないから余計私は別行動を好んだ。

金本もリングバスで移動するようになったのも同じ理由と練習時間を長くたっぷりとるためだ。

 

 

今シリーズは釧路から札幌までの鉄道移動以外はみんなとバス。

私の席は右の最後部座席にカイと。最後部の左は京平さん。

 

 

人間を成長させるには、人から、旅から、本からという。

巡業中の移動で読書はかなりの貴重な至福の時。

なかなかサラリーマンではこんなに全国を、こんなに人との出会いを、こんなに読書の時間もないだろう。その意味では本当に貴重な時間を過ごしています。

 

 

プロレスラーになるまではとてつもない苦労があった。なったらなったで苦労がまつ。ある意味、徴兵制のような若い時の時間も過ごした。右も左もわからない小僧がしごかれ、鍛えられ、教育され今がある。強い日本にするには私はそれなりに厳しい教育はこの国に必要。

 

 

いまはあまりにもルールだらけの過保護。この先の十年後が恐ろしい。

だとするならば誰かが変えねばならない。自殺に鬱に、落ちているわけにはいかない。

 

 

己の力ではい上がれる強い日本を私は願います。

二十四時間この国に何が足りないかを考える。

 

 

選挙、そして落選はとてつもない学ぶきっかけを教えてくれた。

このまま引き下がるどころかさらなるパワーがこみあげる。

三年後に  どうかみなさま見ていてください。

 


 


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私は仕掛けます!!
2010.08.23


参院選後、4ヶ月ぶりの巡業。生活のリズムがとまどう。
いままでは、朝の五時に起床し運動と朝飯。七時から駅頭。日中は街頭を数ヶ所と
車のなかからの遊説と集会。夜にはその日の反省と勉強会。
12時頃帰宅し遅めの夕食。シャワーをとり速攻爆睡。そしてまた朝。



それが今は、八時起床。朝飯。9時バス出発。バス移動平均三時間から四時間。
車中はひたすら読書。昼過ぎ試合地に到着しランチ。ホテルの自室で読書。
三時過ぎホテルを出発し会場へ。一時間ウォームアップ。私は常にレスラーの
基本である、ヒンズースクワットとヒンズープッシュアップを入念に。
試合後、ホテルに戻り夕食へ。完全に穀物主体の食事。今の季節は夏野菜を副食。
北海道だからそれに魚がくわわる。肉食がメインになると筋肉は固くなり、
体も心も疲れやすくなる。私はプロテインはゼロ。サプリメントもゼロ。せいぜい飲んで
エビオスビール酵母くらい。私は常にベッドの横に、バスの車中、トレーニング最中、
試合場の控え室には常に麦茶。水分補給は物凄く大事。何はともあれ参院選後
六試合消化。



選挙中の悩みは、睡眠不足、食事が不安定。でも一番は練習が思い切りできないこと。
朝から晩まで立っていようが、喋っていようが、疲れはないが体内から思い切り汗を
流すのとは大きく違う。いまはあちらこちらで体の痛みだが、それはそれで充実の痛み。
もうすでに中盤戦に突入したが、時間の使い方がもったいなくて仕方ない。
一日移動と試合の時間であっという間に一日が終わってしまう。



私は他の全国比例の候補者と違い日本全国を誰よりも回れるのが利点。
それを無駄にしてはならない。参院選後は、試合前、来場者にご挨拶しながら握手と
名刺を配る。試合前リングから演説。一人でも多くの方々に名前を知らせ、手を握り、
ご挨拶をし、名刺を配り、訴えをリングから演説。



いままでは当たり前のように試合だけ十分にこなせばよいと思っていたが、
それでは何も参院選の経験を生かすことはできない。この空いてある時間を利用して
もっと人に出会う時間、集会を開く時間、施設を訪問する時間、試合後はファンと
交流する時間。これをするかしないか。百八十度違ってくる。



自分のためには勿論だが、それ以上にファンのため、会社のため、プロレスのため、
地域のため、町のため、子供達の教育のために繋がることである。
この行動が直接会社のビジネスにつながらないかもしれない。
しかしビジネスは至上原理主義だけではいけない。急がばまわれ。
町を地域を子供たちを、またその親を、マスコミも、企業も行政も、
動かすには他の団体ではない、他のスポーツではないアイデアと発想をもち、
それを行動に移さねばならない。全選手がこの意識を本来なら持たねばならない。



九十年代まではレスラーは、ただ練習して試合すればよい。営業は、ただチケットを
売ればよいの時代であった。しかしもうその時代は終わった。常に常に新規開拓の
アイデアと発想をもたねばならない。チケットを売るだけに百パー頭が傾いていたら、
必ず手詰まりがくる。私は仕掛けます。施設訪問依頼、講演依頼、ファンイベント依頼は
随時御連絡下さい。西村修後援会事務所03-3437-5888まで





 



食の改善
2010.08.22


ニュージーランドで鯨が八十数頭浜に打ち上げ。動物を愛護の気持ちからしたら
可愛そうで仕方がない。人間の持つ地図もなければ、ナビゲーションもないだろうし。
海水の温度が変化していき動物たちも混乱している。しかしこの地球の異変。
地球の温暖化。一体だれがここまでしてしまったのだろう。



まちがいなく長年にわたる我々人間の仕業。天災ではなく人災です。人災ならばである。
我々人間は、反省をし人間の責任のもとで治していくしかない。
一人一人に意識の改革。使い捨てから直して使うリサイクルの見直し。



割り箸から、自分の箸を。なるべく車から自転車や公共交通機関へ。
外食時代から家族団欒で手作りに。ファーストフードからスローフードに。
慣行農法から有機、自然、低農薬農法に。郊外の大型スーパーから地元の商店街に。
西洋医学の対症療法から東洋医学の予防医療に。化学建材から自然建材に。
サプリメント依存から正しい食事をとる医食同源の正食型に。衣に・食に・住に、
すべてに取り入れる。



わたしは地球の異変を無視し、さらなる便利なものに、環境も配慮しない人間だけには
好都合な価値観と行動を国に行政に訴える気持ちはまったくやない。
とくに私は選挙の最大政策として食の改善を唱えてきた。医学はたしかに進歩しました。
しかし医療費三十兆円を越えますます拡大の動き。本当に取り組まなくてはならない
のは、医療に頼るだけではなく、病気をしない体も心も作らねばならない。
医療を全否定しているわけではない。



私にしても手術によって癌の腫瘍を摘出してもらった。しかし術後の猛烈なまでの
癌体質改善によって私はいまだに再発、転移を防げているわけであり、
病院の西洋医学には一切全く世話にはなっていない。



食の改善、アメリカ型からもともと日本人が何百年も何千年も口にしてきた食に
戻しただけのこと。サプリメントや、薬が頼ったわけではない。季節、気候、風土、
伝統を最大に重んじる。日本人が今まで当たり前にしてきたこと。



しかし現代の愚かな西洋思想論者がこの六十五年でここまで日本の健全、
健康な体も心も壊滅状態にしてしまった。それはGHQの食生活破壊による
日本人骨抜き化の策略かもしれない。



しかし正しい意識の改革さえ真剣に取り組む姿勢があれば一人一人が変えていくことは
できる。私は国の行政のチャンネルを民間の訴えレベルではなくもっと上から変えたい。
だれかが変えねばますます体も心も退化する。



三万の自殺。三百万の欝。七十万の引きこもり。切れやすい子供にアレルギーをもつ
膨大な人数。楽しいだけが、おいしいだけが、お腹いっぱいだけがのような欲望追求
だけに なると人間はだめになる。いまのゆとり教育なんかあんなぬるま湯教育で、
強い日本は絶対に作れません。むしろ徴兵制にして病んだ若者を徹底的指導したい
くらい。軍隊が持てない以上むりなのだが、ならば鍛えぬかれた自衛隊に
短期入隊はいかがなものか。私は賛成。ではみなさま今日もよい日を。



本日私は釧路にて試合前の練習、試合、試合後の正しい食事に思い切り悔いなく
戦ってまいります。私は子供達の相談、教育、体質改善、セミナーや講演を
日本全国随時受け付けています。

詳しくはこちらまで。西村修後援会事務所03-3437-5888






陰と陽なり
2010.08.20


アメリカではマイナー航空会社で航空業界に大打撃を与えることになる2001年より
さらにまえ九十年代から素晴らしい業績をあげている会社が多々ある。



バリュージェット、ブルージェット、キウイエアー、そしてマイナー会社の天下の
サウスウエスト。いまじゃサウスウエストはマイナーとはとてもいえない。
どの会社も機材を小さめのB737やA320の小さいキャリアにし、
飲み物や食事のサービスを最小限にしコストダウンにし業績を
著しくあげるのに成功した。



二千年代からは大手航空会社もユナイテッドでは、テッドをデルタでは、ソングをだし、
それぞれ業績をあげている。日本はずっと日航と全日空が天下の中、
選挙中にスターフライヤーに。そして昨日はスカイマークに初搭乗。



スカイマークはキャビンアテンダントがジーンズ姿。
兼高かおるさんがなんてコメントするだろか。しかしいつまで無理して莫大な赤字を
増やすならプライドは即効捨てて日航もすぐさまサウスウエストを見習わなくては
ならない。



赤字路線を国際線含め速攻廃止、便数の削減、燃費の悪い747ジャンボ機を削減、
飲み物はもうすでに簡素化されている。日航の札幌、伊丹、福岡の幹線路線における
ファーストの様に時代にあった格差サービス化もグッド。
次の候補地としてはロングフライトとなる那覇も検討していただきたい。



しかし日航のファースト席くらいは電動リクライニングを求めます。
あの中途半端な下がりととまり具合はいただけない。もともと日本エアシステムから
受け継がれるA300型機もそろそろ引退。



その点では全日空は皆比較的新しい器材でよい。プレミアムクラスのサービスに適した
金額にもなっている。ポメリーがサービスされている。



格差社会というのは、まるでプラスとマイナスの磁力がいまやかけ離れていくものは
なるようにしてなったもの。たしかにきっかけは小泉改革からだが、だれが
指揮してようがどの党が権力をもっていようがなっていたとおもう。



天候もそうだが人間では動かせるものと動かせないものとがある。
格差社会がせばまりかつての中核社会がくるには陰陽の原理を探らねばならない。
広がりはじめ、行くところまで行ってからではないとまた磁力は逆戻りはできない。



上辺のことだけをかえようとしても人間では動かせない。この時代の動きに添いながら
しかし取り残しをないようにしなければならない。私は厳しいことを言うかもしれないが
景気はこのまま回復しない可能性の方がつよい考えもある。



だとしたら日本人の原点に戻るしかない。すなわち農業。かつての日本人の原点。
八割は農業であった。こんなにまで産業は発展していなかった。
天候さえも温暖湿潤から亜熱帯くらいにかわるくらいの勢い。
かわらなくとも食物は変化していくことであろう。



冷静になりいまの自然にうまく付き合い、より暑くなるならより体を冷ます夏野菜、
いままでよりも若干だけ南方の食物が栽培可能になるかもしれない。
だとしても熱帯性のコーヒー豆が栽培可能にはなることはないとおもう。



暑い日は体を温める肉や脂分は当たり前のように控えねばならない。
穀物を中心とし、夏野菜を口にすれば体調を崩すことはありません。
宇宙はすべて陰と陽なり。




 



意識の改革を
2010.08.19

 

後楽園がおわり、三日間オフ。

初日は千葉にて練習。

 

 

火曜日は、都内で練習し、夕方からわが母校の錦城学園の先輩の持木氏と会食。

その会には精神科医、腎臓移植の名医、東北工業の野球部監督、空手家、寿司職人、そして日本ホテル協会会長様とご一緒さしていただいた。

 

 

中村氏。この方、昭和三十八年キャピタル東急の前身である東京ヒルトンのオープンからのホテルマン。後にはあとにも先にもいまだ一人となる日本人東京ヒルトン総支配人。その後、中村氏は日本にある舞浜、名古屋、大阪、グアムを作られ、近年ではすべてのロイヤルパークを作られた本人。

 

 

なぜいまの若者はもっと世界に目を向けないのだろうかの意見で熱く語り合わさせていただきました。 七十歳でもいまなお現役で日本のホテルを支える。

 

 

ホテルはわたしも非常にたくさんのことを教わった。食事をするところであり、お酒を飲むところであり、会食するところであり、会議をするところであり、スパを利用し癒されるところであり、体を休むところ。そして一流のホテルは一流の調度品に囲まれ、またホテルマンからの一流のサービスを受ける。マナーを勉強できるばでもある。

 

 

まさにホテルは一つの街。

日本を代表するミスターヒルトン中村氏からホテルマンの誇りを、ありがたく学ばせていただきました。

 

 

さて今日から三月以来の巡業。久しぶりのいつもの後部座席。左の列には京平さん。私の席のとなりにはカイ。運転手は、今シリーズ最後となる関口さん。馬場さんも乗車されていたというこの全日バスも今シリーズ最後となる。これからは某バス会社のバスで移動らしい。

 

 

私は試合で思い切り暴れ、また様々な方々にお会いし縁を深めてまいります。私は新聞はもちろんだが、巡業の移動中は読書と音楽鑑賞と瞑想と物思いと考え事。

 

 

今シリーズの本は、アメリカではブームとなるLOHASにかんする書籍。人に地域に地球の健康にやさしい生き方。ライフスタイルズ オブ ヘルス アンド サステナビリティ。私はこの思想は癌を患った十二年前からいやがおうにも考えを持たされたが、いま地球上にすむすべての人々に一番大切なこと。

 

 

説得、論理的ではなく潜在意識や共感性。大量生産、大量消費の産業文明に対し自然と共存する生き方。医療にしろ対症医療に対し予防医療。

ファーストフードに対しスローフード。

使い捨てからリサイクルへ。

有機農法、食料自給率の向上、玄米菜食、サプリメント依存から医食同源的に、

車通勤から歩行、自転車、公共交通機関へ。

 

 

私は断言するが、危機迫るこの地球に、現代人の健康状態、精神状態にはこの生き方が相応しい。

 

 

現代人よ、意識の改革を。

 



人間は変わる
2010.08.17

食事も言葉も文化も習慣も環境も人種も国民性も異なるところで生活をすると人間は変わる。

 

 

いままで数多くの留学生を見てきました。

 

 

ニューヨークをはじめとする大都市の留学生。

 

 

日本人のあまりいない田舎に行って学ぶ留学生。

 

 

大概の大都市型タイプは、日本人同士で固まり、日本語を話し、日本食を食べ、カラオケをはじめとする日本人同士の遊び方でみんな楽しみ、せいぜい英語学校でトッフルを四百そこそことって、コミュニティカレッジを卒業する頃には渡米して、三、四年の月日が経ち、親の仕送りの経済状況のみならず、本人の残留意志との相談からそのまま四年生まで行くものもいる。

 

 

コミュニティカレッジはいわゆる短大。

 

 

短大卒業し帰国していくもの、I20が切れても、まだだらだらと不法で残るもの、恋人と暮らしはじめ不法就労しながらなんとか毎日の生活を成り立たせながらそのままいつくもの、アメリカでそのままきちんと就職をきめビザを申請し、必然と日本に十年以上申請中だからして帰れなくなり親の死に目にも会えないもの。

 

 

だらだらいたが彼と別れてそく帰国の途につくもの、なかには、くじでグリーンカードがあたり就職口を探していつくもの。

 

 

就職は大概は日本食レストランの寿司職人。

 

 

いまでも何人もI94フォームで3ヶ月の約束で帰りの航空券だけもって入国したがそのままいつくものもみた。

 

 

私がその昔、ヒロマツダ道場にて海外修行中も会社からのビザの手配は特になし。

 

 

3ヶ月ごとにアメリカから外に出ればよいとのタイガー服部氏の指示のもとタンパに向かった。

 

 

二十一歳の分際で日航六便のFクラス。

 

 

何から飲んだらいいかわからず戸惑ったものだった。

 

 

そして練習に明け暮れ3ヶ月後、タンパから一番近い海外はバハマ。

 

 

バハマに5日滞在し3ヶ月の期限の三日前に再入国を試みたがなんと、もう3ヶ月の更新はできずじまい。

 

 

それであわてて学校を探し入学フォームをいただき一時帰国し学生ビザをとったわけでした。

 

 

私のまわりのタンパの仲間はみんな留学生。

 

 

年間何万人もいく短大いくならせめて四年生卒業しないとキャリアにつながらない。

 

 

それにしても異環境は人間をよいものにも悪いものにも変えていく。

 

 

ソヤはたしかに成長したのを私は感じました。

 

 

小細工して私が三秒マットに肩を付けるだけに執着する試合はあり得なかった。

 

 

タイミング、間のとり方、サイコロジーは少なくとも十年はかかる。

 

 

一、二年で付くほうがおかしい。

 

 

啖呵切ってわたしにつっかかり長州力に弟子入りし、カナダにまで志願し渡っていった。

 

 

あいつが、わたしに無我の時にきくみみをたてなかったら、行動を起こす度胸がなかったらいまどうしていたか。

 

 

あの頃は男の恥と散々罵声を浴びせられたが今となってはファンのかたがたもどちらが結果的に正解かわかるであろう。

 

 

つきに一度の試合でレスラーのキャリアがあがるわけがない。

 

 

メジャーと言われる迄になるには年間百試合以上こなさないとならない。

 

 

元師として元保護者として、あいつの凱旋舞台に抜擢された私は、テーマはいかに勝つかではない。

 

 

やつのかわりっぷりを感じたかった。

 

 

私のコンディションも病み上がりのようなもの。

 

 

私は私でこの4ヶ月の旅で異環境でさらに変わっていく。

 

 

さらなる慈悲心、さらなる正義と勇気、そしてさらなる愛。

 

 

わたしはこれからも歩き続けます。



元愛弟子征矢
2010.08.14


 

ここのところは基本的には千葉にてトレーニング専念。
想像もつかないほど、まるで近年の日本の国家財政のごとく低下した
私の体重とともに体調。



都内でのスケジュールはすべて切り上げ千葉にて缶詰になっていました。
千葉においても、九十九里のボスといわれる田中輝冶氏。
ここのところ毎年真木蔵人さんも参加してくださっての九十九里イベントを
盛り上げてきた私と同じ発起人。



残念ながら今年は私がイベントのためのスポンサーご挨拶に全く動けなかったので
今年の開催はなし。また来年に期待してください。



田中氏は9月の玉前神社での御神輿のお祭りの代表責任者に就任し本業の
不動産以上に大忙し。選挙に関してもこの方が大いに千葉県では動いてくださった。
先日も慰労を兼ねての大BBQ大会を地元ローカルサーファーたちとおおいに盛り上がった。



九十九里のBBQは当たり前のように基本は魚。
地元のサザエ、地元のハマグリ、地元のイワシ、さんま。
たまに漁船の船長が活きた伊勢エビをもってきてくださる。
先日も重宝丸船長の渡辺さんからイセエビ。イセエビは船長いわく刺身より、
鉄板焼きでのバター焼きより味噌汁ほどうまい食べ方はない。



20代から上は60代まで。みんな短パンにTシャツにビーチサンダル。
海暮らししている人たちはみんな生き方が若い。国が不景気。
今まで通っていた高級レストランなんか忘れて七輪に火をおこして焼きたての
さんまを焼いてごらん。千葉では一匹49円。高級ステーキなんかより全然美味しい。



お金も使わず、栄養もつき、心まで癒され。
もっと疲れた都会人は田舎に出向いたほうがよい。さて試合も近づき昨日帰京。



選挙戦戦ううえで大変に裏方としてコーディネートしてくださった企業2件訪問。
社長をはじめとする幹部の方々と国を政治をプロレスを教育を食生活を
ディスカッション。 夜は昔からの電通グループの仲間とその部下と会食。



その部下の御父さんは私の超行きつけワインバー、成田の参道にある
てっぱつ屋さんの主人。料理がうまい、ワインが信じられないほどリーズナブルで
とにかく居心地のいい店。東京からもわざわざ行く価値のある店。
このブログを見ましたって言えば、お店のオーナーである水野さんが何か
サービスがあるかもです。



さて明日から久しぶりの本格始動。北海道ツアー。
明日は元愛弟子征矢とのシングル。国への想いをリング上で訴えてまいります。
プロレスも人生も政治も芸術。美しいものでありたい。



 


 
 
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