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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー
無我の哲人の呼び名で活躍
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

錦城学園高校卒業後、90年アントニオ猪木率いる 新日本プロレス入門。93年からアメリカ、97年ヨーロッパでの2度の海外修行にてヒロマツダ、トニーセントクレアー、ドリーファンクジュニア、カールゴッチ、ジャックブリスコに弟子入り。
98年、後腹膜悪性腫瘍の為、長期欠場。摘出手術後、化学療法を拒否。
それまでのプロレスラーとしてアメリカ型食生活を、日本人本来の穀物を中心とした徹底した食生活の改善で、癌を克服。2000年リング復帰。復帰後、IWGPタッグチャンピオンに2度君臨。自らの癌との戦いの実体験をもとに、食育活動を全国展開。多くの病で苦しむ子供たちを救う。その思いを、政治に託し、2010年全国参議院比例区に挑戦するも落選。2011年、生まれ育った地元の食の改善を中心とした真の予防医学への改革のために区議会議員選挙に挑戦し当選。現在、子供たちの給食の改善に全力を挙げて活動中。国民新党所属文京区議会議員、文教委員会理事、地域振興街づくり調査委員会理事。現在も現役のプロレスラーとして後楽園ホールを中心に活躍中。
 
 
 
 

渡米
2009.04.30

 

 

豚インフルエンザがはやっている。 

むかし松井秀喜のメジャーデビューのころも

サーズがはやっていたが関係なく渡米。

 

 

 

しかも我々は危険地帯のトロント。

しかもチャイナタウンにいた。

まったく問題なし。

成田空港は数人がマスクをしていたくらい。

 

 

 

さていざシカゴ経由しニューヨーク。

もくてきは新ヤンキースタジアム。

しかも対レッドソックス。三塁側のよい席。

楽しみ。

 

 

 

いってまいります

 

 

 



そのとなりの荒谷さん。
2009.04.29

 

シリーズ最終戦、後楽園大会。

みんな疲れもピーク。とくにチャンカン出場者は。

 

 

 

 

写真は、ソヤがテイクケアしてくれている私の荷物。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのとなりの荒谷さん。

 

 

 

 

ヘイトの消火器の攻撃をうけ目をあけられなく涙目。

しかしまわりはみんな大爆笑。

 

 

 

 

 

 

明日より渡米です。

 

 



騒ぎすぎ!
2009.04.28
しかし世の中、たかが裸になったくらいで騒ぎすぎ。
三澤トレーナーなんか毎晩捕まらないといけないくらい。



スポンサーもスポンサーでこんなにはやく一気に降りなくてもいいかなとおもう。



わたしなら逆にいまこの状況だからこそ、記者会見でもひらき、
わたしは見捨てません的なコメントをし スポンサー継続表明をするが。



それによっての逆効果。 しかしながらとりあえずわたくしも気を付けます。


当たって砕けろ
2009.04.27

 

昨日は私のプロモート興行岡山大会。

 

さすがに景気の煽りを受け超満員にはいたりませんでしたが、

 

なんとか無事に成功しました。

 

これにこりずなんどでも。

 

 

 

 

 

マサさんの言葉が頭をよぎる。

 

当たって砕けろ。Go for broke!!

 

 



夜学ぶことも多々ある
2009.04.25

 

巡業まっしぐら。昨晩は高松の夜。

試合後、とあるラーメン屋さんにてパーティー。

渕さん、真田とソヤと茂木先生と私。

 

 

 

 

私が新弟子時代からの知り合いの方の招待。通称、団子山さん。

むかしむかしミスター高橋さんが彼女につけたニックネーム。

名前からも想像できるとおりスーパー豪快。ビールは常に大ジョッキ。

よく飲みよく食べ。

 

 

 

 

全国各地をまわり毎晩のように試合後、食事会があるのだがこれは大事なこと。

地元の方と腹を割って酒を飲み大いに友情がめばえる。

レスラーはよく食べよく飲むのをアピール。

 

 

 

 

他のプロスポーツ界にも極道にも石原プロにもまけない男の縦社会は

夜学ぶことも多々ある。だから私にはコンビニ弁当はありえない。

人と会い、話し、わかりあい、親睦を深める。

真田もソヤも毎晩大変だと思うが、コンビニ弁当から夜の勉強はできない。

 

 

 

 

三澤トレーナーとも意見交換したが最近の若手はおとなしい。

新日本の岡田という選手は酎ハイ半分で倒れるらしい。

全日本でいうと練習生の中上がそう。

 

 

 

 

おかげであんなにカラオケの苦手だった真田が今では自分から歌を入れるようになりました。

三澤さんだって、いまは全国で講演が引っ張りだこらしいが

昔はこんな無口なひといないくらいだった。

歌にしろ、小声でぼそぼそと愛しのエリーをうたうくらい。

いまじゃ今話題の事件に筆答することは日常茶飯事。

 

 

 

 

武藤社長からもいわれました。おまえらいくらのんでもいいけど服は着ろよ。

三澤さん、気を付けてください。

 

 

 

 

さて今日は福山。小雨の山陽路

 

 

 

 

 



友と情けとサントリーウイスキー
2009.04.24

 

長いことレスラー生活の中で、高速でも、パーキングエリアでも一緒、

 

とまるホテルも一緒はなかなかあり得ない珍しいバッティング。

 

一人会いたくないものも含め、全日本と新日本の二軍全員高松。

 

夜中は合同の飲み会を朝までホテルのロビーにて繰り広げました。

 

友と情けとサントリーウイスキー。

 

 

 

 

 



町のパトロール
2009.04.23

 

松阪。夜の試合後、町のパトロール。

ニューヨークにガーディアンエンジェルスという夜の治安部隊があったが、

いわゆるわれわれもそのたぐい。だから毎晩夜の街を全国各地パトロール。

 

 

 

 

昨日のパトロールは、店があまりにもなく健全にうどん屋。

おいしいうどんをいただく。

しかしよく考えたら今日はうどんの本場、香川。無理して三重で食べなくとも。

 

 

 

 

今日の高松のホテル、新日本の一行と同じらしい。

いやな夜の宴の予感。

 

 



あれから十七年
2009.04.22

 

昨日は四月二十一日。考えてみれば私のデビュー日。

九十年の四月二日に入門し、一年少々の月日が経ち九十一年の四月二十一日に

私はまったく地元からは程遠い沖縄の南部にある西崎町体育館にてデビューした。

 

 

 

 

 

あれから十七年がたった。本来、だいたいデビュー戦は地元が大半。

私の地元は文京区。後楽園がそう。

 

 

 

 

 

なかなか太らなかった新弟子時代。過去を振り返れば、真面目に、気を使いすぎ、

酒もさほど飲まず、女も知らず、海外にも疎く、

銀座、六本木も徘徊することはまったくなく、シャンパンも葉巻も知らず、

イタリアンもフレンチも区別がいまいちわからず、

飛行機にも過去一回程度しかのったことがなく、外車にもまったく縁はなく、

時計はセイコーしかしらず、プロレスもドロップキックしかつかえず、

歌は裕次郎しかしらず。

 

 

 

 

 

人間は月日と共に代わるものですね。

しかしこれだけはいえよう。

私がここまでさまざまなことを学んだのは、プロレスによるもの、

病によるものの次には海外生活によるところがでかい。

人間は絶対旅に出るべきだ。

久々の渡米が待ちきれない。

 

 



お台場にて食事
2009.04.21

 

終日オフ  知り合いとお台場にて食事。

 

なんどみてもブルックリンブリッジに見えるのは私だけだろうか。

 

レインボールームで一杯のみ、

 

リバーカフェでの優雅なディナーでもしたいものだ。

 

 

 

 

 

さて明日から後半戦。

 

がんばります

 

 



長時間バス移動
2009.04.20

 

昨日久々の長時間バス移動。わたしは最前列にカイととなり。

基本的には永遠にひたすら全員睡眠。

私はI−podで音楽鑑賞とともに睡眠。

渕さんを見るといまだCDプレーヤーにて音楽鑑賞。

I−podの便利さを説明して差し上げました。

 

 

 

 

となりのカイはひたすら携帯。話もよくする。

海外のこと、旅のこと、酒、女、人生。

 

 

 

 

反対となりの武藤さんともタンパのことでよくはなしをする。

マツダさんのこと、パトリックのこと。

武藤さんにとってもタンパは長く住みなれたまち。

おいしいお店、日本食レストランのおばさんたち、道、建物、スタジアム、ストリップ、

共通点は多々ある。

 

 

 

 

そんな話をしながら私のタンパでのお気に入りのラジオステーションの94.9で

流れる曲がコレでもかというほどI−podに入っている曲を聴きながら

東北道がI−75に見えてくる。体がタンパを呼んでいる。

 

 

 

 

試合後、渕さんと新幹線で帰京。

乗り換えの大宮でホームで独身会二人して缶ビールで乾杯。

ベンチに座りファンの目も気にせずゆっくり飲んでいると、

プラットホームが違うのに気づき大慌てで階段を駆け上りぎりぎりセーフで帰京。

 

 

 

 

本日は都内でオフ。

疲れた体をケアします。

 

 

 



四人で豚しゃぶ
2009.04.19

 

まだまだ夜は東北地方は寒い。

遠方の山を見渡すと結構な残雪がある。

昨晩は仙台から北上へ。

 

 

 

 

試合後、仙台のホテルへもどり食事。

荒谷さん、茂木トレーナー、そやの四人で豚しゃぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渕さんはまだ禁酒中。

今日の出発が早いのでロビーでサク飲みし早めに解散。

 

 

 

 

仙台から藤岡。試合後帰京に。

四月は猛烈な多忙の日々。

はやく夏のフロリダの太陽が欲しくなってくる。

 

 

 

 

 



チーム並木通り
2009.04.18

渕さんがひさびさ巡業全戦参加したので銀座、六本木ではなく旅先にて一杯と思いきや、なんといま禁酒中とのこと。

 

 

しかたなくまたいつものそや、真田、茂木トレーナーとホテル裏にある鍋屋さん。ひたすら鍋とご飯。きわめて健康な食べ方。そのあと一杯だけワインをのみにバーに。

 

 

十二時をまわったとたんそや、真田が歌を歌いだす。ハッピーバースデーのうたなんだとおもいきや茂木トレーナーの誕生日。

 

 

 

 

わたしからのささやかなプレゼントでテキーラ一気のみゲーム。みずから自爆しプレゼントをうけとっていました。

 

 

今日も仙台泊まり。チーム246なるチームができた。

私と渕さんがチームをつくったらなんの名前にしようか考えていたら、すかさず武藤社長がチーム並木通りにしろよだそうな。

 

 

渕さんはいや、チーム日航ホテル前七時がいいんじゃないか? もしくはそのまま店の名前をいただき、チームセントポーリア、チームジュリア、チームカーリアン、チームボレロ。みんな銀座の帝王のおかげです。

 

 

 

今日は北上、あすは藤岡、まだまだ旅はスタートしたばかり



いってきます。
2009.04.17

 

チャンカンがおわりオフがたったの四日間ですぐシリーズ。

 

今日から開幕。

 

石巻までいまからいってきます。

 

 

 

 

 



将来の
2009.04.16

朝一にて帰京。

 

 

 

新幹線、岡山東京がまるで丸の内線の池袋から淡路町感覚。

一回もおきず  一回も後悔も反省もなく。

 

 

 

 

夜は大塚にてバッティングセンターにて小学生の指導。

将来のイチロー、いや将来のバーニー、将来のジーターをみつけた



岡山まわり
2009.04.15

 

一日中、岡山まわり。

武藤社長のコマーシャルにでている作業着業界最大手の寅壱さんに訪問。

創業五十年。

堂々と瀬戸内海の海に面して本社はありました。

 

 

 

 

 

 

岡山駅、倉敷、児島、極真空手道場、接骨院、商店街、居酒屋、小料理屋。

選挙活動並みの分刻みの多忙。体が足りない。

あと三つあったら三倍動けるのに。

 

 

 

 

 

 

 

しかし忙しい生活ありきだからこそフロリダや千葉のバケーションが活力を産む。

勝浦のタラソではやく頭のなかを真っ白にしたいね。

頭のなかを真っ白にしたいひとはマジにおすすめ。

 

 

 



人生を楽しみます。
2009.04.14

 

 

 昨日は、太東の海の知人が亡くなり焼香をすませに海に行くが故人の夫人に会えず。

 

 

 

 

夜はいすみの病院の院長先生と看護士と食事。

チャンカンの疲れがありマンションのジャクジーでゆっくり浸り、早寝。

 

 

 

 

 

今日は契約更改。

世の中の不景気を改めて思い知らされる。

さて気を取り直し岡山に営業。

下を見ていても始まらない。

ガンに比べればいきてるだけでボロ儲け。

私はぶっちぎりでこの先も人生を楽しみます。

 

 

 

 

 



JCBホール
2009.04.12
チャンカン最終日。私はもうすでにトーナメント終了ずみ。
試合出場は初のJCBホール



控え室と自販機とトイレとシャワーのかずがかなり多めでさらにきれいで
控え室の使い勝手がよい。音響と照明もよい。もしかしたら日本で一番すきかも。
ファンの方にとっての見やすさはどうなんでしょ。



さてシリーズ終了。明日からしばしのオフ。
今宵は銀座にて打ち上げです。


メジャーの貫禄。
2009.04.11

大型バス、中型バス、十トントラック、四トントラック。


年間百試合。メジャーの貫禄。



今日はオフ。
2009.04.11

今日はオフ。

 

 

 

体内の柔軟体操しなきゃ

 

 

 

 

                                    



島倉千代子の気分。
2009.04.09

 

武藤さんとの久しぶりにシングル。

 

なんねんたっても思わされる。プロレスはキャリアだね。

 

人生も経験に勝るものはない。

 

十八年やろうが今だこの言葉しかない。

 

 

 

 

 

試合後、かい、そや、茂木先生と食事会。

 

深夜まであつく人生について語りあいました。

 

人生色々。男も色々。女だって。となんだか島倉千代子の気分。

 

 



シングル初のカズさん。
2009.04.08

 

昨日新幹線にて長岡へ。途中、越後湯沢にてまわりをみまわすとまったく雪なし。

川端康成の詩にもならない。

再び長いトンネル。

 

 

 

 

トンネルをでて浦佐に着く前、右に大きな山。その上にはかなりの積雪量がみえた。

当然どこのスキー場か興味が出る。京平さんにきくと、あれはスキー場じゃない。

福島との県境の連峰だとのこと。

 

 

 

 

私がスキーデビューしたのは志賀のブナ平の春スキー。顔だけ真っ黒になった。

雪の紫外線の反射は半端ない。しかしスキーはいまさらこぞっていくものではなく、

雪質の最高の1月、2月に行けるかぎり行かないとだめだね。

 

 

 

 

さてチャンカン2戦目。シングル初のカズさん。

短期決戦をしかけるはずがおもいもよらぬ長期戦になりあらよあらよと時間切れ。

たまに東京シカゴ線が東京福岡線くらいにあっという間に感じることがある。

機内でのくつろぎ方が充実しているからなのだが、昨日も足は痛いが充実感いっぱい。

何時間でもやっていたいとおもえる相手。

私にはやはり短期決戦は似合わないかもだ。

 

 

 

 

さて浜松。がんばります。

 

 



とんでもないいい店
2009.04.07

 

後楽園試合後、実家に車を止め医科歯科大の血管外科の先生と看護士の三人で

大塚のスペイン料理。大好きなイカスミのパエリアで栄養補給。

 

 

 

 

昨日は都内にてオフ日  知人らと食事  たまたま入った店、

なんと毎週月曜にワインとシャンパンのボトル半額をやっている

とんでもないいい店を見つけてしまった 

ドンペリ一万五千円ということになる   モエやマムなんか五千五百円  

程度のよい四千円くらいのワインなら二千円でのめる 

 

 

 

 

チャンピオンカーニバル中は酒控えめ。

十二日以降浴びる程飲むことにしよう  

 

 

 

 

五月四日の新ヤンキース球場でのレッドソックス戦のチケットが

ニューヨークの友人が取ってくれたし、うれしいニュースばかり 

 

 

 

 

チャンピオンカーニバルがんばります

 

 



チャンカン初日
2009.04.06

 

チャンカン初日。真田との戦い。

足首がどうも調子悪い。

 

 

 

 

ルーテーズは世界一のバックドロップの達人。

ということはバックドロップが一番かけるのがうまいということ。

ということはバックドロップの体勢に持っていくのも一番うまいといえる。

ということは相手にヘッドロックを取らせるのが世界一うまいといえることになる。

バックドロップの名手イコール、ヘッドロックをかけさせる名手という図式。

さすがですね。

 

 

 

 

この図式にはかないませんが、スモールパッケージを狙っていたという部分では

真田は術中に完全にはまったということになる。

オセロの大逆転のような図式のプロレスは、やっていてたまらない。

 

 



奇妙な夢?
2009.04.05

寝ている間の夢はどちらかというとよく見るほう。昨晩もまた変わった夢を見た。



また久々私の役はヤンキース選手。レフト。
打席は一回、デッドボール、2打席目は記憶があいまいだが
他の進塁でアウトがとられるがのヒット。



3打席目はまったく記憶なし。なぜかホームゲームなのに8回裏の相手の攻撃。
レフトのファールポールすぐそばまで大きなフライが来た。私が懸命に追いかけた。
壁になぜかカーテンがかかってあり、そのカーテンにボールが引っかかった。



そのボールをゆっくりとろうとしたら急にボールがカーテンに引っかかりながら
左右に動き出した。地面につく寸前、というかついたとほぼ同時くらいに
私はキャッチした。微妙ではあったがアウトであった。
そして何かで2アウトがとられたとき、試合が中断された。



先ほどのファールの私のキャッチをもう一度ビデオで審判が集まって
確認作業をしたいとのことで。全員一度ベンチに戻った。
私は尿意を感じ、ベンチ裏のトイレに行った。



警備員にトイレはどこかを聞くとコレを出れば一般客との公衆トイレが
すぐそこにあるという。しかしわたしはピンストライプのユニフォームを着て
選手が公衆トイレに一般ファンと並ぶわけには行かない。



仕方がないからややとおいがベンチ裏のトイレを探すことになった。
そんなには遠くないところにトイレはあった。小便をすませた。
またベンチに帰ろうと思ったがまだまだ審判の審議は長く続く模様だったので、
ちょっとだけ興味深い裏を見学していた。ものすごい興味深い。



ベーブルースが建てた家といわれるくらいに歴史と伝統が詰まっている。
興味本位でどんどん奥に進んだ。そうしたら完全にまよってしまい

ベンチへの帰り道がわからなくなってしまった。



いいかげんベンチに戻ろうとするがまったく通路がわからない。
ずっと長い通路をとおると観衆の声が聞こえてきた。
レッツゴー・ヤンキース。ときこえてきた。



間違いないとおもい、そのグランドを見たらなんとアメフト場。
チーム名はわからない。しかしものすごい盛り上がり。
ヤンキースタジアムとアメフト場は地下通路でつながっていた。



レッツゴーヤンキースの掛け声は、観衆の中の空気の読めない客ひとりが
ただたまたま発していただけ。完全に参った。帰れなくなってしまった。
仕方がないので必死で警備員を探し、連れて行ってもらった。



そうしたらもうすでに試合は終わっていた。
9回の表に2点を取られてホームゲームなのに9回表でさよなら負け。
ベンチにはもう若手以外誰もいない。



なぜかわからないがそのときにロッカールームにこれから練習しようとして
球場をおとずれたロジャークレメンツがいた。自己紹介をさせてもらった。
ああ、あしたどんな顔でチームメイトとファンに侘びを入れれないいのだろう。
まいったなあと思ったところで現実に帰ってきた。



いったい何を意味するのだろうか。
トイレの夢はいい夢らしい。あとの物語は何だったのだろう。
チャンカン開幕前夜の奇妙な夢でした。



普通こそ一番!
2009.04.04
なんだか道場では最近、餃子がブームらしい話をきき
わたしまで食べたくなり練習後、大原にある餃子屋。



きわめて普通。しかしきわめて普通こそ一番。
普通の餃子。普通のラーメン。普通の炒飯。あるようで中々ないよ。



千葉には大原と鴨川。東京はさらに店が多い分、探すのが一苦労。東中野にもある。
流行のせあぶらコッテリよりすべてにおいてオールドファッションを愛してます。


田舎ならではのよさ。
2009.04.03

 

チャンカン前。

昨日は九十九里の太東にある私のお気に入りの急階段の登った所にて

マスコミ向け記者会見。階段の下でやりましょうとの話はそっこう却下。

そのあとは蔵人さんのスリーダイスコーヒーショップにて囲み会見。

 

 

 

 

今日は朝から快晴。気温もまずまず上昇。

痛む足くびは長引くにしろ調整はいかなる言い訳も聞いてはくれない。

 

 

 

 

暖かくなってからの千葉は本当に海外にいるかのようだ。

町もスローライフ。みんなおっとりゆっくり。

大塚でここまでゆっくり練習も食事も休暇もまずとれない。田舎ならではのよさ。

 

 

 

 

ずっと田舎暮らしは私のような都内出身の者には耐えがたいことだが、

都会で稼ぎ、田舎に住む。これベスト。しかも別荘とは簡単に通えるところがよい。

 

 

 

 

もしも沖縄なら年に何度行けるだろうか。

千葉なんて都内から所詮1時間。

今から行くかの発想でいける。安くてうまくて雰囲気抜群。

鰯と、はまぐりくらいしかない町として私は思い切り千葉には偏見があった。

完全伊豆派だった。

 

 

 

 

今日は最後のピーク調整。

腕と足が悲鳴を上げている。

 

 

 



焚き火。
2009.04.02
またまた懲りずに焚き火。


備長炭はやすらかに木炭は急ぎ激しく。


育ちの違いが目に見えて、これはまた奥深い。



大人と育ちの悪い不良のガキみたい。


それを言いたく。







作戦会議 2
2009.04.02
昨日までの岡山での営業がおわるやいなや、今日は午前中、
会社にて外人選手に関するビザの手配。



むかしよくマツダさんが新日本プロレス事務所でビザに関しての書類整理に
あわただしくしていたシーンやアトランタの日本総領事館につれられて行って
もらったシーンを思い出す。今では私とロスのエナさんが担当。



書類の整理がおわりいざ千葉に。
チャンピオンカーニバルにかんする公開練習。
足首の調子がわるく、もう日にちがないからなるようにしかならないね。
体より頭を使った試合をするしかない。



昨日は新幹線。今日はスリーダイスにより作戦会議。
夜は永遠、火を見ながら作戦会議。
第二次大戦並み、湾岸戦争並みに、9.11並みに体の陸海空を駆使し戦います。


作戦会議
2009.04.01

 

 

岡山にての営業活動、一ヵ月前の下準備を打ち上げ帰京。

 

 

 

 

山崎と葉巻で喫煙の十号車にてチャンピオンカーニバル作戦会議。

 

 

 

 

 

 

 

 

今宵から猛最終調整。

 

 



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