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名前:西村 修( ニシムラ オサム )
生年月日:1971年9月23日
出身地:東京都文京区
身長:186cm
体重:105kg
■デビュー
1991年4月21日、新日本プロレス・沖縄県糸満市西崎総合体育館での飯塚孝之戦でデビュー
無我の哲人の呼び名で活躍
■得意技
コブラツイスト、エルボースマッシュ、倒立など
■闘 病
98年にはガン(後腹膜腫瘍)による長期欠場を強いられる。
■復 帰
00年6月・日本武道館での藤波辰爾戦で復帰。
■映画出演
04年には、奇才・河崎実監督による映画『いかレスラー』で初主演

錦城学園高校卒業後、90年アントニオ猪木率いる 新日本プロレス入門。93年からアメリカ、97年ヨーロッパでの2度の海外修行にてヒロマツダ、トニーセントクレアー、ドリーファンクジュニア、カールゴッチ、ジャックブリスコに弟子入り。
98年、後腹膜悪性腫瘍の為、長期欠場。摘出手術後、化学療法を拒否。
それまでのプロレスラーとしてアメリカ型食生活を、日本人本来の穀物を中心とした徹底した食生活の改善で、癌を克服。2000年リング復帰。復帰後、IWGPタッグチャンピオンに2度君臨。自らの癌との戦いの実体験をもとに、食育活動を全国展開。多くの病で苦しむ子供たちを救う。その思いを、政治に託し、2010年全国参議院比例区に挑戦するも落選。2011年、生まれ育った地元の食の改善を中心とした真の予防医学への改革のために区議会議員選挙に挑戦し当選。現在、子供たちの給食の改善に全力を挙げて活動中。国民新党所属文京区議会議員、文教委員会理事、地域振興街づくり調査委員会理事。現在も現役のプロレスラーとして後楽園ホールを中心に活躍中。
 
 
 
 

雪山会談
2012.01.31


昨日は、お世話になる群馬の社長にご挨拶しに、急きょ群馬入り。というか雪の中、一昨日の深夜到着。氷点下10度。全日本プロレスの後援者でもあり、さまざまな人脈を持つ人物。趣味は、スキーと釣りのみ。だが、こののみというところが凄さを物語る。



スキーは週4日から5日は山に入る。本業は、リサイクル業。その業界のトップ企業。3月の両国もあるし、2月の前橋大会もあるし、もしかしたら今後の被災者支援活動もご支援いただきたいし、なにわともわれ新年のご挨拶に。指示された場所は、雪山。ということは、雪山会談



私もスノボー歴だけは長いから、レストランや、会議室での階段よりも好都合。そんな他国間の外交でもあればおもしろい。といったユニークな発想の社長。



群馬をあとにし、今朝も早朝ラジオ。豆乳。本日は、議会運営委員会、全員協議会。午後は、地元5丁目の道路問題ので地元の区民のお宅へ訪問。とんでもないまたビックな弁護士人物であることにおどろき。今後の全面協力体制を約束。



その後、帰宅後代表質問文章チェック。夜は、大塚駅にて警視庁の方と滝沢選対部長と会合。明日は、
三日の試合に向け最終調整  終日トレーニング。3日後楽園にて試合です。ではまた



 


吹上神社の豆まき
2012.01.29

今日は、地元の吹上神社の豆まき。

議員は、区長、中山さん、都議二人に私と海老さんとゆき子さんのみ。

その中で、私だけ最後の最後まであとかたずけ、掃除、会合に参加させていただき皆様にご挨拶。

 

 

夜には、先日の真田中学校の教員がわざわざ生徒の感想文を持って来宅。今後のますますの提携を図りました。毎月訪れたいくらいの日本一の学校と言える。

 

 

日本中が、あんなに愛と感謝に包まれた学校になれば、どれだけ素晴らしいことか。我欲に走りすぎた現代社会に、重要な事を教えさせていただく。 

 

 

さて、今晩から急遽前橋の社長にご挨拶しに群馬入り。ではまた



タイガー服部さん
2012.01.28


昨夜は、タイガー服部さん、山崎いつきさんの旦那の永井さんの御両親と会食。ニューヨークでは、彼ら方にはどれだけお世話になったことか。



選挙にしろ服部さんは明治のアマレスチャンプ、永井さんは元立教の応援団長のコネクションをフルに活用して多くの方々をご紹介してくださった。



話のメインは、百パーニューヨークの話。であったが、段々熱くなり、ニューヨークから服部さんの妹、服部さんの妹から癌、癌から予防医学、予防医学から食育、食育から放射能、放射能から原発、原発から消費税、消費税から公務員給与削減、公務員給与削減から橋本市長、橋本市長から石原新党、石原新党から亀井代議士、亀井代議士から郵政改革、郵政改革から国民新党、国民新党から区政、区政から私の人格、私の人格から私の過去、私の過去からニューヨーク。まるで世界一周トーク。



服部さんと話すと大体こうなる。アメリカ生活四十年。頭は、完全アメリカ人。人間は、考えが若いと老けないね。さて、本日は男女平等センターでの新年会。区議会はほぼ参加。その後、会合二件。よって友人の結婚式参加できず。さて明日は地元の神社の豆まき。張り切っていってきます。


 



大塚貢先生
2012.01.27

 

昨日は、心の底から楽しみで、楽しみで眠れないくらいの大行事があった。それは、なぜ私が政治を志したか? そしてその答えが隠されているといってもいいくらいの日本を代表するポイントがある学校訪問であった。



荒れた学校を、配属された食育の教育長が、子供たちの食を変え、人間形成にまで影響を及ぼし、非行、犯罪、不登校をなくし、最後には学習能力まで引き上げることに成功させた食育校の鏡ともいうべきモデル校。



今回の視察を文京区の委員会に提案したが、食育には何の関心もない文京区からは即却下。私は今日一人で、尊敬してやまない食育の神ともいうべき大塚貢先生を訪ねて、長野県の上田へ。上田市の真田村。車でわざわざ迎えに来て下さり、さっそく学校へ。

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学校長、栄養士さんを交え、到着するや否や速攻に会議開始。私も栄養に関し全く同意見であるから意見交換ではなく、仕掛けの順序から説明をいただく。2時間半ディスカッション。その後、校舎内視察。

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ここはヒントとなるテーマが選り取り見取りに満載されている。校舎には温かみを感じるふんだんに木が使われていて、何よりも3段からなる複雑な土地に見事に立派にたち、驚くのは廊下も入口も踊り場もすべてにおいて広い。

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相当な良い意味での無駄がある。立てる際に、その無駄に関し相当な役人の反発があったそうだ。しかし、人間改革に熟知した大塚先生は数字ばかりに目をとられる役人の考え方には、まったくやひるむことなく、この無駄がむしろ生徒の心にゆとりを持てる感性を育てる教育ができることを確信している。

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確かにひろい。入り口で、吹き抜けで軽く3階分はある。旧校舎では車道から、まっすぐ校舎に入れない。いったん坂を下り校舎に入るまさに登校でなく下校になった旧校舎から一転。新校舎は、地下部分を自転車置き場にし、まるで大きな橋を架けるようにそのまま車道から入ってこれる。その橋の工事だけで約1億。

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しかし、である。校舎自体は鉄筋コンクリートだが校舎内には、窓のサッシ、壁、天井、すべて木材。寒い長野で結露も一切できない。一般的に長野県では50億円くらい、学校一軒作るのにかかるところを、約半分ですませたという。

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理由は、またこの食育の大塚先生が長野中を駆け回り、安くいい資材を自ら探して注文してきた。校舎隅々まで渡る設計、材料の確保、給食の完全米飯化、そして花壇教育。この最後の花壇教育もすばらしい。春になると、土と肥料を泥んこになりながら生徒自身で鉢にもらせ、種をまき、夏の終わりには学校中に生徒のまいたサルビアの真っ赤な花が一面に咲く。



生徒の中には、夏休みなんかも心配で水をわざわざやりに来るのはもちろん、夜わざわざ親の車で連れてきてもらって、一鉢一鉢にしかもホースでなくお花にやさしいじょうろで水を花にやりにくる生徒も絶えないらしい。



無駄な設計、極度に汚れる植木の手入れ、資材調達には大手ゼネコンからの圧力、そして海のない長野からは非難の嵐であった魚とご飯主体の給食。すべてにおいて厄病神というニックネームがつくほど、役所から、先生から、生徒から、PTAから嫌われ者になったらしい。



それが、である。花が咲けば、花壇への文句が一気にとまり、不登校犯罪非行が激減し、校舎の無駄の文句が一気におさまり、やる気に持ちあふれ、やさしい生徒の変貌していく姿を見て、給食への批判も完全になくった。いまや上田の神的存在。



この方が、助言した市町村は後を絶たない。この先生の助言で、市全体の米飯政策を市長が断行し、もうすでに多くの街がやさしさと、思いやりにあふれる学校に変わってきている結果が出ている。みんなこの先生のプロジェクトを聞きに視察に来る。日本中を飛び回っているような、お忙しい先生にもかかわらず、朝から晩まで私だけにつきっきりでお付き合いくださいました。

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昨日の給食は、毎日提供されるメインの発芽玄米入りごはん、海老団子と野菜のスープ、竹輪揚げ、ひじきの野菜、ちりめんじゃこ、牛乳、ミカン。誰も一切残してませんでしたし、アトピーがひとりもいない。

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二年生のみんなと一緒に食事。みんな元気。食後は私のスピーチと彼ら男子生徒に技かけが始まった。スーツ姿にも関わらずついついグランドに展開。みんな素直でよいこでした。

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最後は、真田幸村に関する城、山、兵法、井戸、家、すべて見学してきました。詳しいここでのデータは、今後の代表質問等でお楽しみを。充実の上田視察でした。

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文京区の子供たちの改革は、食の改善なくして前進なし。






倉敷へ
2012.01.25


昨晩、文教委員会視察にて倉敷へ。ちょうど全日本営業の南氏が岡山にいたので、倉敷に来させ文京区議団の懇親会終了後にお世話になる山本社長へご挨拶。あくまで昔々、倉敷での飲み過ぎでの珍道中があった場所へ三年ぶりくらいに訪問。



新日勢、全日本勢、川田さんとも何度もそこで。銀座、六本木、池袋、それに次ぐくらい倉敷にはお世話になりました。昨日の店の場所、スタッフ、皆同じ。変わったのは私自身の飲み方。まずそれに驚き。十二時過ぎると自然と帰るモードになるし。人間変わるものですね。



さて視察二日目。倉敷市は、子育て支援に猛烈に力をいれている町。なんと待機児童がゼロ。委員会で散々市の役人に質問。昼食は、市役所内にて。一階に郵便局を見つけ、国民新党の血が騒ぎ、文京区ではないが局長さんにご挨拶。午後から、市立の短大の学校内にある子供支援施設も見学。三時過ぎに児島出発し帰京。



明日は、ついについに実現の食育の日本を代表するモデル校訪問。昨日、今日、電話連絡にて地元の私の青年会に古着を緊急収集。先日火災にあわられた被災の同級生家族への洋服をドネーションの為。人類皆兄弟だ。 ではまた


 



食の改善
2012.01.25


八時過ぎの、のぞみで岡山いり。駅前で昼食、午後は市役所で教育委員会幹部との会議。その後、岡山市の清輝小を視察。シニアと小学生の融合、地域が参画しての子育て。素晴らしい課題。しかしながら様々な問題は多々。



視察では明らかにされなかったが、この地域の格差、治安、育ち、歴史、様々。だからこそ教育指導があった町。さて、これを素材に文京にどのように仕掛けるか。ある議員からは、食育感心なしの意見もあるしね。とんでもない。



孔子の論語を読めば、東洋思想の根本がわかる。食育なくして、放射能問題語れません、食育なくして医療費削減語れません、食育なくして学力向上語れません、食育なくして体力強化語れません、どいつもこいつも食育感心なしが問題なり。



わたしは三十四人のなかたった私ひとり食の改善を訴える政治をすすめるもの。たとえ多々ある企業が敵にあろうが。


 



一昨日の火災
2012.01.24


終日区役所。昨日の少年野球連盟の会合で指摘された、目白台運動公園グランドでのグランドの土の質の不良について、みどり公園課の千田係長と協議。グランドに小石が多く混ざり非常にプレーしにくいとの多くの意見。それにあそこの委託業者は、仕事しないとの多くの監督さんらの意見。



人工芝になったリニューアルされ、さらに前々からグランドキーパーの技術が評判の小石川運動場からより良い技術指導をされるべきである。大塚公園の滑りをとるポリッシュ研きや、段差の土埋めなど早急に動く千田係長。考えたら私の兄の同級生である。しかも坂下で生まれ育った。一昨日の火災で燃えた家に昔は住まれていた。なにわともあれ怪我人が出なくてよかった。



かつて私が小学生の時、目白台の同級生の家が焼け、同級生の兄が亡くなったこともある。火事は本当に怖い。また来ると言われる、大地震。耐震強化、備蓄、避難場のことになんだか全体が向いているが、改めて大火災に関しても目を向けねばならないポイント。家が潰れるのは、潰れておしまいだが、火災は回りに移ります。消防活動にも限度がある。



道の確保、消防団の拡充と充実、町のポンプ車をはじめとするファシリティーの充実。地震だ火を消せから、地震だ身を守れに標語が変わりつつあるらしいのだが、私は思うがやはり火を消すことは一番重要です。明日から岡山へ文教委員会で視察です。ではまた



 



体力強化
2012.01.23


昨日は、少年野球連盟の新年会。川田監督率いる豊島岡ラークスの面々に、新年のご挨拶。選挙前には、ちょくちょく顔を出したのだが平日は公務、週末は様々な会合と勉強会でなかなかここの所、野球の練習に顔を出せない。言い訳がましくみっともないのだが、監督にご説明。



監督のアイデアで、週末は野球の練習をするのだが中5日で子供たちの体力強化の補強練習ができないかの案。それに私が呼応。これからあいている私の平日の夕方を利用し、子供たちの体力向上のプログラムを組む予定。小学生は大人と違って、あまり関節に刺激をあてすぎてもならないから、これはこれで難しい。



体力を猛烈に落とすお菓子とジュースをやめる指導をしながら、可動範囲の拡大、柔軟な筋肉、呼吸法も含め下半身強化することでのスタミナづくりを中心に。子供たちのご婦人の皆様にもご説明。特に野球チームだけではなく、今まで母校で随時指導してきた部活動単位、クラス単位、学年単位、個別単位でも、別に文京区に限らずいつでも講演なり、指導は随時。



ご連絡くだされば日本中、いや私の英語でよければ世界へでも飛んでまいります。ご希望者は、どうぞ。

03−3941−4723  国外からは日本の81を忘れずに(81)33941−4723。



本日は、朝のラジオ体操に浅井さんのおいしい豆乳。午前は自主勉強に、財政課との来季予算の説明会、夜は京王プラザにて某組織の会合に参加予定。ではまた明日。





地元のために
2012.01.22

昨日の夕刻、雨の中 地元の坂下にて火災が発生した。

夕刻、滝澤選対部長から連絡。北町会の新年会出席のための支度をしているときに連絡が入った。坂下で火災だとの連絡。奇しくも私の同級生の家。

 

 

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雨の中、傘を片手に区の防災ジャケットを羽織り自転車で急行。出火元は、ストーブから洗濯物への火の移り。地元の消防団も総出で出動。東京消防庁の指示で、火消し作業に全力。私から、区役所。区役所から松井区民課長へ。私から、隣の北町会長へも。北町会の川上会長から、地域活動センター高橋所長へ。

 

 

 

まんべんなく情報伝達。怪我人なし。三件焼失。火元の家の同級生の姉が現場到着。彼女を滝澤さんが必死に説得、説明。見ているがわもなんとも辛い。ただ、怪我人が出なかったのは不幸中の幸い。

 

 

 

区のできること。それは、火災で家を失った方の緊急の借宿の手配。のちに一旦、落ち着いたので現場の目の前の浅井豆腐店と荒さい酒店に緊急連絡の伝言をことずけ、北町会の新年会へ。会にて火災報告し天ぷらを二口つまんだところ浅井さんから電話。すぐにまた現場直行。

 

 

 

火元の家の隣の方が現場到着。正式に区に借宿の要請。すぐに松井区民課長から手配完了の電話。地域活動センター高橋所長も現場到着。被災者が入手可能な貴重品だけを受け取り。自転車等は浅井さんを始め近隣預かり。高橋所長が被災者を連れ、借宿へ。

 

 

 

八時半一件落着。現場で早急に動くこと、それは地元民にしか出来ないことをつくづく実感。

これからも二十四時間、365日、地元のために。



大塚公園
2012.01.21

 

19日最終で山形より帰京。20日、区役所。大塚公園の問題2件確認。大塚公園は、子供のころの私のホームグランド。今では子供たちの遊びはみんなサッカーがメインだが、昔は全員野球だった。あのグランドは子供たちにとっては4面とれる。今はすっかり止まって埋められているが、階段の水の流れもあった。昔から知りに知りぬいた公園。今ではラジオ体操で毎日のようにお世話になる公園。区議会の中で私ほど、あの公園を知り抜く議員もいないであろう。



白いタイルの滑りによって、雨天時は大変すべりやすかったのが、昨年暮れにポリッシュで猛烈に磨き、すっかりきれいになった。そして年明けにクレームを出した、お地蔵様へ下る通路に、土が年々減っているために起きた段差の問題。体の不自由な人、高齢者、みんなお地蔵様のところに行ってお参りしたいのだが、あの段差で転ぶお年寄りが急増したため、公園課に猛プッシュ。昨日確認したところ土で段差が解消されていました。



もう1件は、講演のすぐ隣の緑の郷の植栽の樹木の付近に起きた道路の盛り上がりでの、高齢者の躓き事故急増の問題。こちらも道路の小野課長が、私のクレーム後わずか数日以内で処理。本当に、文京の土木チームは小野課長を筆頭に最強軍団が勢ぞろい。段差は解消されたが、小さいことを気にしたらきりがないのだが、なんだか言われてみればあちらこちらすべてに軽い段差は見られる。



道路維持係長が調査してくださったら、樹木の根っこが大きく成長して地面を盛り上げているそうだ。いつかは大きな工事がいるかもだ。ただし、私が今回動いた理由は、舗装工事ではなくお年寄りの転倒防止。転倒する段差は、とりあえず解消されこの案件はいったん完了。夕刻まで地元パトロールとごあいさつ周り。



遅刻すれすれまでかかって、公園前からオオツカ車庫までバス乗車し、茗溪会館へ。ラジオ体操理事者の新年会参加。議員は約半分。滝澤さんのおかげで、私はどれだけラジオ体操のコネクションができたことか。新年会後も、滝澤さん宅にてミーティング。元プロボクサーだけあって、猛烈に熱い方。



さて、本日はラジオ体操、またまた滝澤さんとお茶会ミーティング。帰宅後、大盛りご飯とツミレの味噌汁が、私の家の最高で最強の今日の朝飯。夜目にももちろん同じ飯。家族が同じご飯を食べるというのは、血液が同質化していくのであります。同質化すると、考え方、感情、性格までも同質化していき、家族同士のコミュニケーションが取れる最も重要なこと。だから家族団らんというのは、家族計画の一番の基本中の基本。



出前、コンビニ、弁当、お菓子、ファーストフード、みんながみんなバラバラだと、確実に家族のつながりもバラバラになります。私は、食をコントロールすることこそ人間にとって一番大事なミーンポイントであることは、実体験のがん克服で完全理解。しかし、世は医療、医学をはじめ、西洋思想に頼りすぎて社会まですべては対処療法にしかすぎない。原因を解明し、悪影響にいかにしたらならないかを考えねばならない。



まだまだ区政も、食に目を向ける方向性はない。一般質問の時は、いつものことだがまた来た的な、笑いが出る。名前は明かしませんが、ある部署の長が、玄米菜食者をみつけた。私の入れしい味方。でもよく考えればみえるが、ますますファーストライフ化には確実に向かっていません。ほんのわずかながらだが、確実に社会はスローライフを見直す動きには来ている。



もう、革新、ファーストライフは、私から言わせれば時代遅れ。3,11以降、これでもかと神がメッセージを与えてくださっているにもかかわらず、まだ革新的、西洋的、対処的発想なもの、毎日このブログを読みたまえ。さてこんばんは、大塚北町会の新年会に参戦。ではまた






雪山勉強会
2012.01.19

昨日、始発の新幹線で急遽山形県米沢いり。

 

 

目的は、昔からお世話になり、昨年当選の保守系無所属の米沢市議会議員の木村さんと会合。さまざまな意見交換、様々な全国での行政視察の成果を聞く。

 

 

その足で、木村議員と山形蔵王へ、京平会新年会参加。天気も快晴。木村議員は、九年間県議会議員の秘書をしながら、スキーはプロ級。

 

 

国体にでたり、数々の大会のチャンプ。いまでも議員活動の傍ら、現役でスキースクールのインストラクター。メインゲレンデは、米沢と天元台。私も二年ぶりにこの度、解禁。

 

 

木村議員とは、滑走時以外はずっと意見交換。朝飯、昼飯、夕飯、リフトでも。と、まさに雪山会談。米沢は、市民の人工も財政も丁度文京区の半分に相当する町。

 

 

耐震問題、農業問題、放射能対策、人員給与削減対策、福岡の行政改革のモデルケースの成果、北海道の陣内ファームの成果、米沢の町お越し。

 

 

私にとっても貴重な雪山勉強会でした。



肝心なのは
2012.01.17

昨日は、昔からお世話になる私のプロレスに関しての選対部長というか戦対部長に新年のご挨拶。

 

 

そこに我が後輩、高岩乱入。とことん熱く話しました。新日本、無我、全日本、ゼロワン、台湾、アメリカ、ドイツ、郵政民営化、TPP、選択性問題、外交、安全保障。

 

 

有楽町であったのだが、全品三百円の激安のしかも高級な中華屋さんがあったり、中生二百八十円だったり、不景気にあわせて嬉しい料金の店が最近多い。高岩の素晴らしいのは、プロレス1の親思い。かつては新弟子は給料五万円。道場にいれば衣食住は、困らない。が、巡業にいけばすべて外食。レスラーの飯は量が半端ないから金がかかる。

 

 

彼は、木戸さんの付き人をしながら、少ない稼ぎのなかせっせとためたお金をお母さんに送金。聞いたらいまだに助けているらしい。上から見ても下から見ても高岩的な顔は、いまも変わらない。

 

 

さて、今日はとてつもなくお世話になる郵便局長OB会参加。久しぶりに、長谷川憲正さんとご一緒。国民新党と郵便局は、太いライン。友であり情けであり。まさに友情。

 

 

今月の区の新年会は、みんな区長を始め同じ顔ぶれだが、郵便局長会だけは議員自体わたしだけ。益々の親睦を深めて参りました。妻のお父さんは、バリバリの現役銀行マンだが郵便局の利便性、重要性は地域に必要。

 

 

いろんな会合に出るが、まあ郵政の皆さん酒が底なしに強い。それに郵政夫人会には、酒豪のチャンプがいる。しかもその方青柳、七中。私の母の弟の同級生。個人名続出の地元ネタで大盛り上がり。こんなこと書いてると気楽なもんだといいたいだろうが、飲めません、しゃべりませんでは議員のやくにもたたない。

 

 

肝心なのは、うわべじゃなくとことん付き合い命がけで、体を張り挨拶、体を張り酒、体を張り会話をかわす。プロレスで役に立ったことは深い。

 

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写真は、郵政法案通過を望んで、力強いスピーチをする浦野副会長。

 



原点回帰論
2012.01.16

 

昨日の消防団新年会は、三時開始だから終わりも早い。時計見たら6時。早寝早起きの私には、夜遅くまでの新年会続きは、私のカウンタックのライトが開かなくなってしまう。



さて今朝も朝のラジオ体操から豆乳会。今日は区の新年会は無し。終日書類作成。2月の代表質問の7000字の手直し、たまに執筆するエッセイ集へ3000字、そして面倒な3カ月に一回提出が義務付けられている政務調査費の収支申告。小さいころからパソコンに親しんでいて良かった。



みんながファミコンに夢中になっているとき、飛行機オタクの私はフライトシュミレーターをやりたくぼろぼろのPC8801を中古で購入。中学1年? そこでアルファベットの配列を完璧にマスターしたのがいま役に立っている。



代表質問は徹底して、食と人格形成にかかわるもの。エッセイは、プロレスと世界の文化背景。前から思っていたことだが、こうして文章に書き出してみるとつくづく改めて感じる。日本の全国各地でも雰囲気、湧きかた、応援熱はその街の文化と比例しているところがある。後楽園と大阪なんか人種が全く違う。お客が求めているものが違う部分がある。となると、若い選手には到底無理だが街によって戦法を変える必要が出てくる。



沖縄なんかとくにそう。多技連発なんか、とんでもなくあり得ない話。これが海外に行ったら一番よくわかる。のだが、程度の低い選手は、どこに行こうが戦法は変えず。どこでもドタバタ型プロレス。プロレスには、リングサイドと反比例の鏡がある。速く動けば軽く見え、ゆっくり動けば重く見える。技を多発すれば、客サイドからしたら一発の重みは消えていく。しかしここが不思議なとこ。




リング上での選手へのダメージは、多発した分だけ大きなダメージがある。にもかかわらず、客の脳裏には出せば出した分だけ、一発のダメージが少ないというデータが送信される。95年に無我を藤波さんと設立し、この部分を猛烈に考えさせられた。99%の選手は、いかに大きな声援をもらえるかを期待し、それをもらえるような試合をする。



客は60年代とも、70年代とも、80年代とも違う心理と感性がある。これはプロレスだけに育てられたものではない。家に帰れば、テレビがあり、映画もあり、情報源は山とある。時代とともに、もっと過激にという客の感性は高まるばかり。それに99%が答えようとしているスタイルであるから、全体がその方向に行ってしまう。



映画もそう。もう007だって1962年のDr.NOのようなピストル一発で解決なんかは、むしろ見るほうが納得しない。しかし、そこに果たしてニーズ、すなわち時代背景にある客の感性をより満たすだけが、提供する我々がやらなければならないことなのだろうか? 向こう、すなわち時代がルール? もしくは古き良き先人達が置いてってくださった本道がルール? 本道だけを表現したって、自己満足になってしまう。そこで、何体何がバランスがとれているのかを?95年以来、どれだけ研究してきたことか。



その研究先として、ドイツのキャッチプロレスがあり、ドイツ人の国民性を勉強するためにLH711便でNRT−FRAを何十往復したことか。ペンステートの文明否定民族のアーミッシュの村へもプロレスへのヒントを探しに出向いた。ここが面白いところに行き当たる。



今私がやってる政治。これ、95年からずっと同じこと。ずっと原点回帰論を未だ展開し試行錯誤しながら開発に向け研究している最中。34人の文京区議団には、ここまでの原点回帰論者はいないが、サブジェクトによっては近い方もいる。前へすすむ。決して悪い発想ではないが、大事なものを置いていってはいけない。結局はすべて、レスラーの思い入れなんです。


 



一人寂しく
2012.01.15


午前中、小石川消防団始め式。区議会半分くらい出席。そのまま松丸先生と誰もいない区役所二十二階。私は残務処理を二時半まで。



その後、連携をとるお米やさんに給食関連の情報収集に。三時から再び茗荷谷にて消防団の今度は新年会。各町の会長、区長に二人の都議会に、区議は、松丸先生、海老澤さん、上田さんと私。近所のいまはなき小山酒店さんと遭遇。



江原堂から、北京亭、大正湯、福田屋、きなめる、サンチェーン、マルヤス、ハリマヤスポーツ。ここまで来るといい加減、三十年以上町を知らないと答えられない。もちろん私はすべてわかります。そこまで集まると誰のどこの何番目の同級生とか始まる。地元で良かった。

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写真は 一人寂しく 控え室にこもる私



 



広島
2012.01.14


東京広島四時間で、来月の代表質問の食に関する提案の原稿七千字を徹底仕上げ。到着後、新日本時代からお世話になるお好み村 アトムへ。開けて本日、朝に瀬戸内海にある大崎上島へ。昔インドツアーを組んだときの参加メンバーで構成したインド会の一人に会いに。



この島は広島二区でありながらも国民新党の人気がある島。島民の多くは亀井支持派。郵便局が八件もあるから?  この島にプロレスの町お越しイベントをやれないかの提案がまえからあり、その仕込みの一環で島へ三回目の再上陸。この島の町議会副議長の松原先生を含め島の方々と懇親会。滞在三時間。

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再びフェリーにて、広島市内へ。桟橋で釣りを楽しむ少年たち。聞くとイカやタコが釣れて、まあ最高に美味いらしい。酒とあうとはいってなかったが、将来呑兵衛間違いなし。 まだまだご飯とあうとか言う年頃。私の魚のベストは、倉敷の山本社長に自前のボートで連れていっていただいた倉敷の沖合い、姫路の手前の真鍋島の魚料理店。生きたタコをぶっ叩いて米を炊くタコ飯。

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ジャイナ教の信者には悪いが、あんなうまい飯はいままで食べたことなかった。しかし田舎の子供は、すれてなくていい。娯楽がないから自然と戯れる遊びしかない。何て素晴らしい教育だろう。



昔、ライガーさんが結婚してしばらく大井に住んでいたが、子供が生まれすぐに田舎暮らしを始めた。聞くところ、子供は田舎で育てるに限ると言う。ライガーさんはいまだに、趣味で釣りを本気で楽しむ。



二番目には、食虫植物。三番目にゴジラ。趣味を持つことは素晴らしいことです。人の魅力を広げます。さて最終で帰京。明日からまた連日連夜会合です。

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新幹線
2012.01.13


日中、犬の小便対策を生活衛生課へ、塀のトラブルを道路で有名な小野課長へ、学校問題を髪型は個性的さわやか藤田部長。三件大いに前進。さすがは文京のチーム力。



夕刻、区役所と区民ホールにて会合二件。区役所は、区の職員労働組合。区民ホールは、スポーツマンの集う会なる新年会。ラジオ体操から幹部の皆様勢揃い。私がいかないわけにはいかない。短時間で集中的挨拶し、申し訳ないが二件目とも途中退散し最終の新幹線にギリギリ飛び乗り深夜広島入り。

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ご挨拶まわり三件。明日の最終で再び帰京予定。明後日朝からまた消防団新年会。さて、いま発売の週刊新潮の結婚コラムと、ブル中野さん表紙の週刊プロレスの山本選手のコラムに私の嬉しい記事があります。どうぞご覧あれ

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忙しいのが華かな  列車内でも、レスラーの巡業移動のように弁当二個食べて即爆睡というわけにはいかない。せっせと来月の本会議定例会代表質問の原稿書き。約七千字。議員の生き甲斐は、区民の幸せなり。



 



夢を与える町
2012.01.12

町会連合新年会のあと、区役所にもどり道路の陳情二件。

 

 

その後、みんなの党の同期メンバーとドームで大盛況中の、ふるさと祭りに視察。の、途中にたぶん小学校低学年以来の訪問となる野球博物館へ。

 

 

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野球好きにはたまりません。

注目は、王さんのバットとボール。

 

 

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ところで、ジュン・イシイの名前を初めて知りました。

 

 

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広岡さんのアウェイのユニフォームをみたら、一気に子供のときに戻りました。

西武対巨人。

 

 

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そう言う意味からして文京区は、球場にホール、人によっては場外馬券から多くの夢を与える町である。



異業種交流会
2012.01.11


昨晩の異業種交流会も凄かった。某外資系ビール会社が仕掛ける世界戦略網を一挙に知る。あまりにも世界的規模なので某国のビール事情が変わってしまう可能性もあるくらいなので、会社名も国名も伏せますが、ビールも重要な世界戦略のマーケットであるとつくづく実感。



アンハイザーブッシュのバドワイザー、オランダハイネケン、ブレーメンベックス、正脇さんのサッポロ、神宮前キリン、浅草アサヒ。ビールが売れれば、麦の消費も増える。私は、環太平洋戦略的経済協力には、反対。食料自給率をあげねばならないのに、輸入に頼ってはならない。仕事がなくて困っている若者は、みんな農業にいったらよい。経験も、体力も必要だが。



さて、本日は子育て倫理学の勉強会。親子の絆。夫婦が仲良く不満もなく過ごせて、子がのびのび育っ。親は子の生き写し。絶大な信用と信頼が必要との素晴らしきお話を聞いて参りました。その後は、いつもの道路課と公園課へ街の陳情事をたっぷりと。さらに区が便利で安心な町に。今宵は、知人の大成功している企業の新年会出席。皆様にご挨拶。



 



異業種交流会
2012.01.11


昨日、成人式出席後、田中議員とランチ。その後、車でご挨拶まわり。北区の公明党さんのポスターががらりと変わりました。晩は、滝澤選対本部長宅にてミーティング十時まで。本年度の活動注意点。バーゲン中の嫁は、毎晩帰宅が深夜。夕御飯作れず嫁の弟と三人で外食。



今朝、元気に夜明け前のラジオ体操、試合も数試合ありなかなか寄れなかった浅井さんの今年初の出来立ての豆乳。これを飲まねば始まらないくらい身も心も温かくなる。今日は終日、新年の大掃除。役所とは電話にて雑務遂行。夜は、異業種交流会の新年のご挨拶。



航空、ホテル、広告代理店の集まり。異業種交流会には、ビジネスチャンスは山と言うほど詰まっている。百人いて百人とも繋がるのは、ちと無理だが、そこに一人いれば財産的な出合いとなる。宇宙規模で考えると、人との出合いは幾何学的な確率に等しい。ならば行動しないよりした方がよい。若者よ、学ばざるもの喰うべからず。



 



成人式
2012.01.09


今日は、シビックセンターにて成人の式典。二十年前、私の成人式は、新日本道場生だった頃にたまたま休みで参加。当時は出来立てほやほやの文京スポーツセンターで行われた。

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終了後、みんなで池袋はしごしたのを昨日のように記憶。まあ、二十歳だしね。今日迎えた二十歳の若者も、ガンガンとことん人生を楽しんだらよい。遊ばざるもの喰うべからず



 



ブル中野引退試合
2012.01.08


本日は、民団新年会。中山代議士、鳩山太郎さん、区長、議長を始めほとんどの幹部議員と区議は約半数が参加。昼から皆さん会食で一杯。



だが、私は早めに退散し東京ドームシティホールへ。目的はブル中野引退試合参戦。ニューヨークでは散々、苦楽を共にした。さすがはスター。ブロードウェイ並みの仕掛けで、満員のお客様を圧巻。

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また一人の、歴史が幕を閉じた。ありがとう、中野恵子。




 



学校給食の完全米飯
2012.01.07


私は、昔に小学校、中学校の同級生に様々なことに興味をもたさせて頂いた仲間がいるが、彼には本当にお世話になった。地元の交通少年団、地元の野球チーム。極めつけはプロレス。プロレスなんか全くもって興味のない鉄道好きな鉄ちゃんだった私。暇さえあれば、0系新幹線を見に東京駅に行った。



団体行動も苦手、スポーツもそんなには得意ではない。海で育った父親の教育で西村家では水泳は強制。シャワーも浴びれぬほど水が怖かったのだが、音羽スイミングクラブの帰りに母とよれる喫茶店に幼稚園児にしてはまり何とか我慢することができたようなことは確かにあった。



そのうち、努力から一番得意な運動に発展していく。自転車も一年上の近所の宮田さんに熱烈指導でうまくなった。野球も西武の大ファンになったのも、西武線のファンの延長にある。石毛選手が入団し、西武線の駅構内には、まるで石毛ブーム。レッドアローに惚れていた私の心が徐々に変わっていく。そこで実際、やってみたくなり少年野球チームに誘われ入会。



自転車は、子供逹の鉄ちゃんからしたら電車を運転している気分で運転しているのは常識的。ちょうどよい段差となるところをホームに設定したり、そこを全速で通過して特急の運転士気分になったり。となると信号機や白線や速度規制には興味が自然とわく。



そんななか誘われたのが近所の警察署の交通少年団。昨日の大塚警察署の新年式があり、交通安全協会メンバーの私も式に参加したのだが、ここにたどり着くまでの経緯をつくづく思い起こさせられた。近所の仲間の影響は、人間形成、進路にまで影響を及ぼす重要な役割がある。私にとり、関さんという何もかも道標を先導してくれたかたがいなかったら、新幹線の運転士を目指していたかもしれない。それはそれで素晴らしいのだが。



いま、文京区では残念ながら中学校は自分で選ぶ選択制を採用している。地域の子供がみんなで遊びみんなで共有していたものが、学校がバラバラだから友人関係が薄れてしまう。それが小学校まで選択制を採用の動きがある。いじめによるいろんな他校転入希望も確かにある。東洋思想からしたら、己に起こるすべての出来事は、すべて己の責任であるとの見方がある。



自分が変わらなくて環境を変えて、本当にこの子は成長していくのだろうか。プロレスの新弟子でも九割以上耐えられなくて夜逃げしてしまうが、まれはあれど敗者は永遠に敗者。逃げ道を親自ら、行政自らつくってよいのだろうか。私は、ルールを作る立場のものとして過保護は何も生まないと言いたい。



三百万を越える精神疾患の方々。薬に逃げる前に、精神を肉体を鍛え己の責任であることを自覚する。その一つに食とからだの関係。薬なんかに頼らなくとも、食の改善で治ります。血液の質が低下し、それが不安、イライラ、怒り、切れ、集中力散漫、注意力散漫になり、階段でつまずいたり、なにかにぶつかったり、人にあたったりする。



交通事故と食の関係すら実際ある。血液の質が良ければ注意力散漫にならない。よほど昨日の交通安全協会の新年会にて食と事故の関係性を演説しようとしたが、まぁまたの機会に。ようは、今日皆様に言いたいのは一つ一つ食物が体にどのような影響を与えて、作用するかを実際体感しながら毎日生活をしたらば、すべてが解決します。



私がいってることがわかります。極論だが、ご飯と味噌汁で一週間、まずは4日試してみなされ。便の臭いが4日で消え、疲れない、悩まない、快眠、体が軽くなります。適度な運動ももちろん。寒いから塩加減は、やや濃いめ。



私が新日本時代G1前にフロリダキャンプでのコンディション調整のベスト法がそれでした。六十五年かかり食は完全に西洋思想に支配された現在。私の政治でのライフワークが、まさに食の改善。まずは子供たちの学校給食から。



最後に言いますが、私は完全菜食主義ではありません。あれだめこれだめとは言わない。時には肉のパワーを試したらよい。しかし主食は、穀類である。まだ時間はかかるかもしれないが学校給食の完全米飯を目指します。



西村後援会新年会
2012.01.06


5日、十時半からドームホテルにて区の年賀会。さくっと始まり、さくっと終了。パーティー時間、約一時間半。区長をはじめ他の議員、区の部、課長にご挨拶。



とくに小野課長率いる最強軍団の道路課には、どれだけお世話になったことか。この昨年五月以降、坂下近辺だけで6ヶ所の作業に私の指示通り速攻に動いてくれ、また洪水対策でも私が坂下の住民を代表し大クレームだしたこともあり都の水道局の役人と区の道路課の方々がわざわざ坂下の住民説明会にも思い腰をあげて、来てくださった。



坂下の洪水の対策で土管を大きくしたから解決するわけではない。雨水が繋がる神田川、隅田川、東京湾。はてまたゲリラ豪雨な異常気象。ではおとしどころはどこにとなると、水路の経路と機能の把握と二十四時間体制でバックアップできる土嚢対策。これで安心な訳ではないが、心配を軽減していただく。区が二十四時間守っている仕組みを説明。豪雨時には私も常時パトロールしている。これからも道路の小野課長と連携をとり大いに活動して参ります。是非とも期待していただきたい。




バリアフリーもどんどん仕掛けてくださることであろう。さて、パーティーがおわり国枝議員と歓談。区役所にもどり書類整理。6時からお世話になる元パンナムからユナイテッド航空の旅客部長の飯箸さんとミーティング。ある問題ごとの解決策をご意見いただく。真田合流し地元支援者の寿司バーへ。店内にはたまたまだが偶然、三組のお客全員私の支持者。そこにたまたま兄まで。自然に西村後援会新年会的に。昨日も熱い日でした


 



それが、無我
2012.01.04

二日 全日本後楽園ホール大会。

 

 

まんまとというか光栄というか、ブッチャー様から地獄づきを頂戴いたしました。技を喰らう。それは歴史と伝統の証明。いまのプロレス界にも新しいものを求めようとする革新の流れがあるなか、保守本流という原点回帰。それが、無我。

 

 

3日、再び全日本後楽園ホール大会。試合はないが、ファンの皆様に文京区だけに後楽園ホール恒例の閉園時に、握手と私の政策がばっちり書かれた名刺配布。1600人の方に愛を込めて。

 

 

試合後、亀井後援会の方と広尾へ。目的は、京平会新年会。まあ、新年というのに大勢の方々が大集結。セレニータの平野さんも美味しいお料理を次から次へ手際よく。京平さんは、さらに大忙し。京平会、途中中座で後楽園でレフリー、再び京平会。全日本からは、真田、浜、中上。潮崎さんの奥さんも合流。最後の方に私の妻も仕事場から合流し、皆様へ紹介。総勢四十名。大いに盛り上がり、親睦をはかりました。

 

 

私は、明日からほぼ休みなしの毎日おこなわれる新年会参加。別にお酒を飲み歩くわけではない。警察、消防、郵便局、ラジオ体操会、少年野球、町会連合会、男女平等参画、PTA連盟、スポーツマン会、それに私が理事の地元の町会新年会、成人式、区役所新年会、岡山視察。

 

 

一月の最後には、食で子供の人間形成に大成功した中学校訪問。委員会に打診したが、食育に関心の薄い区からは却下。ならば私が一人で行けばよい。文京区だけに限ったことはないが、医療費削減、家庭平和、切れやすい子供の改善、病気予防、精神安定、いじめとケンカ防止、学力向上、免疫向上からの放射能対策、すべてのキーを握る食の改善。

 

 

おそらく、区議会、市議会、県議会、都議会、国会議員すべてをふくめここまで食の改善をライフワークとしている議員は、この私以外いやしない。長野の上田に食育モデル校訪問をして参ります。さて、ようやく今年から代表質問があります。四つの定例のうち、ほとんど毎回。一回目は、二月のなかば。期日をお知らせしますから是非とも傍聴をファンの皆様にも来ていただきたい。ではまた。



元旦早朝
2012.01.02


大晦日は、かつては決まってアメリカやドイツをはじめとする海外だったが、近年はだいたい千葉で迎えるのが多かった。カウントダウンは、仲間とテレビ見ながら。そして千葉の理由が初日の出のためである。



今回は千葉というわけには参るまい、紅白を石川さゆりさんまで見てから地元の神社で行われる餅つきへ。寒いなか皆さん頑張って餅をついて出来立てを振る舞う。餅つき得意な私もお手伝い。その後、護国寺参拝。そのあともどちらかへ流れるか考えたが、翌朝元旦早朝には、大塚公園で甘酒と豚汁をラジオ体操で振る舞うのだが、その支度の手伝いで五時に起きねばならないのでどこにもよらず早めに就寝。



昨年の選挙で、大塚公園のラジオ体操の参加者がどれだけバックアップしてくださったかを考えたら真っ先に自ら手伝わなければならない。もう朝まで酒飲んで繁華街ではっちゃけるレスラー時代の私はもういない。今は、地元が一番優先だから。まさに、先憂後楽だ。明けて元旦。ラジオ体操の理事さんらが朝来時半の真っ暗の中、せっせと支度。六時二十分体操開始、六時四十分から降るまい開始。



温かい甘酒、お燗、豚汁、お漬け物、お煎餅。滝澤会長挨拶に続き、地元の区議として私もご挨拶。ラジオ体操の参加者は本当に真面目。約百人のほとんど毎日同じ参加者。もしかしたら私が最年少?と思うくらい年代は若干高め。実際のところ、若者は健康意識は低いし家庭はあるし、町会にもさほど興味はないし、早寝早起きは避けたいしと思うのが大半ではなかろうか。



私も決して早起きが得意な方ではないが、自分の甘い気持ちが嫌いだから、起きれる。早く起きて、朝の公園の森から発せられる気を体中に浴びて、みんなに挨拶して、朝の浅井さんの出来立ての天然プロテインドリンクである豆乳をいただいて、そして朝から歩きながら挨拶しながら町をパトロール。区議会レベルならこれは、基本です。さて、今日は全日本後楽園ホール大会。久しぶりブッチャーと対戦。ではまた


 



元旦
2012.01.01


新年明けましておめでとうございます。


2012年、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


文京区議会議員 西村修





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